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山形地方裁判所 昭和37年(レ)32号 判決 1963年12月18日

控訴人 長岡一

被控訴人 松本富吉

主文

原判決を取消す。

本件を山形簡易裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求は之を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

被控訴人は、本訴請求の原因として、被控訴人は控訴人より、昭和二十九年三月十三日温泉掘さくのため別紙目録記載の土地及び道路用地三坪を代金四万八千円、代金支払方法は契約締結の日に内金一万円、残金三万八千円は所有権移転登記手続完了と同時に支払うことと定めて買受ける契約を締結し、即日内金一万円を支払い、内金三万円を昭和三十年一月十二日迄に三回に分割して支払い、残金八千円を同年四月二十四日弁済供託して支払つた、尚、農地転用のための権利移転については、昭和三十年九月五日山形県知事より指令農拓第四四一〇号を以つて温泉試掘の条件の下に許可を受け、既に温泉試掘を遂げ、現在も之を継続している、よつて、控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき昭和二十九年三月十三日付売買を原因とする所有権移転登記手続を求めるため本訴に及ぶ、と陳述した。

理由

よつて先ず、職権を以つて控訴人の訴訟能力の点につき調査するに、一件記録に徴すると、控訴人は、明治四十二年一月二十九日生れで、第一審に於て本件訴状の送達を受けた昭和三十七年十月二十日の当時既に五十四歳に達し、且つ未だ禁治産宣告を受けていなかつたけれ共、昭和十九年頃精神分裂病にかかり、その頃より裸体で徘徊したり、独語、空笑、不穏、支離滅裂な言動等の症状を呈し、昭和二十九年五月二十日山形精神病院に於て初診を受けた後、昭和三十一年九月七日より同月十日迄、昭和三十一年暮より翌昭和三十二年春にかけて約二ケ月間及び昭和三十二年三月四日より同年四月十七日迄の三回に亘り同病院に入院し、特に昭和三十二年三月三十日には同病院に於て頭部の手術を受けたがその後も恢復に向かわなかつた者で、少くとも昭和二十九年五月二十日以降の意思能力の程度は極めて低く、到底独立して訴訟行為をなすことが出来ない常況にあつたこと、即ち控訴人は禁治産者に該当する訴訟無能力者であり、従つて本訴は訴訟無能力者を相手方とする不適法な訴であつたことが認められる。このような事情にあつたため、当審に於ける実質的な第一回口頭弁論の期日前に、控訴人の長男訴外長岡永男より、民事訴訟法第五十六条に基づき控訴人のため特別代理人を選任すべき旨の申請がなされ、審理の結果昭和三十八年六月二十五日控訴人の妻ミツヲが特別代理人に選任されたのであるが、右特別代理人選任の規定は、未だ禁治産宣告を受けていないが意思能力を欠く常況にある者を相手方として訴訟行為をなす場合にも適用されることは論を俟たないところであり、又、第一審裁判所が訴訟成立過程に於ける訴訟能力の欠缺を誤認又は看過して第一審判決を言渡し、之に対してその者から又はその者に対して控訴が提起され、控訴審に於て始めて訴訟能力の欠缺が発見された場合であつても、訴訟能力の欠缺が補正されれば追認の余地が有り且つ追認の結果が必ずしも訴訟無能力者に不利益をもたらすとは限らないのであるから、右特別代理人選任の規定を適用して差支えないと解するのが合理的である。

更に、右特別代理人選任の申請権者については、民事訴訟法第五十六条は、未成年者又は禁治産者に対し訴訟行為をなさんとする者、と定めており、之に加えて、同条が訴訟法上止むを得ない場合の救済として最小限度で非訟事件的な権限を受訴裁判所に認めたのであるからみだりに申請権者の範囲を拡張すべきでないとの見解も存するが、民法第八百三十条第二項、第八百三十四条、第八百三十五条等の各規定にかんがみるとき、無能力者の親族に申請権ありと解しても、便宜でこそあれ特別の実害はないと思われる。然らば、本件は適法な特別代理人の選任により控訴人の訴訟能力は補正されたものと認むべく、且つ昭和三十八年十一月二十五日の当審第五回口頭弁論期日に於ける、控訴人の訴訟行為を追認する旨の本件特別代理人の陳述により、本件の従前の訴訟行為は、行為の時に遡りすべて不可分一体に効力を生じたものと言わねばならない。

然し乍ら、一件記録によつても明白な如く、第一審の判決は控訴人の不出頭に基づくところの所謂欠席判決であつて、実質的な審理を経ていない許りか、控訴人の不出頭はその責に帰すべき事由によるものではなく、寧ろ、控訴人が訴訟能力を欠缺していたため自己の責に帰すべからざる事由によつて第一審の弁論期日に出頭する機会を奪われたものと解すべきであるから、かかる場合、当審に於て実体につき審理するよりは、原判決を取消して第一審から審理を新たに始めた方が却つて審級制度の趣旨に適合する所以であると思料される次第である。

よつて、原判決を取消した上、本件を原審の山形簡易裁判所に差戻すこととし、民事訴訟法第三百八十九条第一項、第九十六条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 西口権四郎 石垣光雄 加藤一隆)

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